通巻134号 編集後記

2017 年 10 月 23 日

編集後記

 ☆ 5月から6月にかけて厚生労働省は、無届で他人の「臍帯血」を患者へ移植した問題で、愛媛、東京、大阪、福岡の各都道府県の計12医療機関に立ち入り検査を実施していました。投与に使われていた臍帯血は、2009年に経営破綻した茨城県つくば市の民間臍帯血バンクから流れたものと見られ、100例の臍帯血が無届で使用されたようです。8月になり全容がわかり、刑事事件になっています。有効性の疑わしい高額医療の横行は患者の弱みに付け込むもので、あってはならない事件が起きてしまったようです。

  臍帯血はへその緒などに含まれる血液で、さまざまな細胞のもととなる幹細胞が豊富に含まれています。白血病や再生不良性貧血の患者さんに対して、ドナー(提供者)の造血幹細胞を移植することで、正常な血液を作ることができるようにする治療法です。

  造血幹細胞移植を必要とする患者さんが、より良い移植を受けられるための施策で、臍帯血バンクの適正な事業運営のための規制や補助について定めた「移植に用いる造血幹細胞の適切な提供の推進に関する法律」が2014(平成26)年11日に施行されています。臍帯血バンクは、それぞれ国に許可された「骨髄・末梢血幹細胞提供あっせん事業者」と「臍帯血供給事業者」として、国の定める基準に基づいた事業運営が行われています。

  今回、医師や臍帯血販売会社社長らの逮捕容疑は、国に無届で他人の臍帯血を患者に移植していました。2014年に施行された再生医療安全性確保法の違反容疑は初めてのことです。患者の弱みに付け込む行為です。期待される再生医療の信頼を失いかねない事態となっています。医療関係者には高い職業倫理が求められる中で、がん治療や美容をうたっていたようです。許せないのは1回の治療に300万円から400万円の診療報酬を取っていたようです。患者の弱みにつけこみ治療にあたっていました。特にがん患者にとっては大変な苦痛が強いられているようです。今後、厚生労働省の対応が問われる問題です。懸念するのは今回の使用目的が再生医療として行われたことです。傷ついた組織や臓器を修復する目的で再生医療は注目されています。期待は大ですが、未知の領域でもあり、その活用には慎重に利用されるべき領域です。悪質な医療は患者のためにならないばかりでなく、再生医療の信頼までも覆すことになりかねません。国並びに医療機関の職業倫理が問われるものです。

 

☆ 7月24日国立がん研究センターなどの研究チームは血液1滴で、がん13種類の早期発見出来る検査法を開発したことを報告しました。がんが分泌する微小な物質を検出するものです。現在、使用している「腫瘍マーカー」の血液検査と比べて、発見率が高く、ごく初期のがんも見つけられるようです。国立がん研究センターなどの研究倫理審査委員会では、7月中旬に実施を許可しましたので、8月から臨床研究を始めています。早ければ3年以内に国に事業化の申請を行う予定にしています。

  従来の血液中の「腫瘍マーカー」検査は、主にがん細胞が死ぬときに出るタンパク質を検出するもので、ある程度がん細胞が進行しないと発見が難しい上に、正確性にも問題があります。今回の方法は「マイクロRNA」と呼ばれる物質に着目しています。既に冷凍保存していた4万3千人の血液を使用し、乳がんや大腸がんなどの13種類のがんに特徴的なマイクロRNAを調べ、それぞれのがんに特徴あるマイクロRNAの存在があることがわかりました。分泌量の変化を調べることで、どのがんも95%の確率で発見できたようです。乳房や胃、肺、大腸などのがんの早期発見はエックス線や内視鏡などでの検診が有効ですが、部位ごとに検査を受ける必要があります。今回の検査では診断の確定に精密検査が必要になりますが、いくつものがん検診を受けなくても済みます。将来はがんのステージや特徴までも、わかるようになると報告しています。

  ちなみに13種類のがんは胃がん、食道がん、肺がん、肝臓がん、胆道がん、すい臓がん、大腸がん、卵巣がん、前立腺がん、膀胱がん、乳がん、肉腫、神経膠腫(こうしゅ)です。

  血液での診断は、苦痛が少なくて済む検査法で朗報です。

 

☆ 8月24日京都大学ウイルス・再生医科学研究所のチームが、他人の人工多能性幹細胞(iPS細胞)から作った細胞を移植する時に起こることがある拒絶反応の一つを抑えることが出来たことを、米科学誌電子版に報告しました。他人のiPS細胞移植では、T細胞によるリンパ球に攻撃されることで拒絶反応が起こることが知られています。免疫反応が起こる目印の一つである特定の細胞の型(HLA型)が同じ人であれば、移植後T細胞による拒絶反応は起きにくいとされています。チームはiPS細胞から作った血管などの細胞に、免疫細胞の一種でがん細胞を攻撃するナチュラルキラー細胞(NK細胞)を混ぜて拒絶反応が起こるかを研究しました。HLA型が半分同じ人のNK細胞と一緒に試験管に入れたところ、拒絶反応は起きました。ところが特定のHLA型が100%同じになるように、他人のiPS細胞の遺伝子を組み換えると、拒絶反応が起きなくなりました。NK細胞の攻撃から免れるには特定のHLA型を同じになるようにすれば良いことが、研究から判明しました。

 

☆ 8月1920日高校生による第20回俳句甲子園の決勝戦が愛媛県松山市で開催されました。野球の熱闘甲子園大会(兵庫県西宮市)と同時期に開催されています。いまや25都道府県40チームが出場し、俳句甲子園決勝戦も高校生にとっては夏休みの大きなイベントになっているようです。高校生らしく、作品の出来映えや鑑賞力を競うものですが、結果としては良い作品かつまらない作品かだけなので、わかりやすいです。

  今年は正岡子規と夏目漱石の生誕150周年の記念大会で、特に盛り上がったようです。決勝戦の題目は夏目漱石の小説にちなんだ「心」でした。紹介する下記の俳句は私立開成高(東京)の団体優勝の句です。俳句のなかで詠んだ「雲」の表現が美しく、「桜雲会」としては良い作品だと評価したいものです。

 

      ランナーの 万の心臓 雲の峰

      (らんなーの まんのしんぞう くものみね)

 

  心臓を湧き立つ雲に見立てて、生命の力強さを表現しています。

審査委員の先生方も「鮮やかな情景が浮かび、スケールが大きい」と評価した作品でした。

 

(一幡 良利)

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