通巻133号 感染症の話題-百日咳が今なぜ重症化しているのか-

2017 年 10 月 26 日

感染症の話題

-百日咳が今なぜ重症化しているのか-

 

筑波技術大学

名誉教授 一幡良利

 

 

 百日咳(ひゃくにちぜき/ひゃくにちせき)は激しいせきを繰り返す百日咳菌による感染症で、1945(昭和20)年代には、乳幼児を中心に10%の致死率があった。1950年から百日咳ワクチンの定期接種が始まり、その後は、十分な対策が行われていたと考えられていた。ところが、去年1年間だけで、百日咳に罹患した500人以上の乳幼児が、重症化して入院が必要となり、そのなかでも80人が、命の危険にさらされた。

 現在、百日咳ワクチンは、生後3か月から1歳までに3回、次に6か月以上の期間をあけて1回、合計4回の定期接種が行われている。しかし、その持続効果は、一生続くというものではなく最短4年ほどで低下すると言われる。従って、百日咳に2回かかることもあるが、2回目はかかっても軽症である。ワクチンの効果が低下した小中学生や大人が感染し、家庭内でまだワクチンを接種していない乳幼児に感染させる危険性が出てきた。乳幼児の感染は重症化するリスクが最も高くなる。欧米では、小学生や妊婦に対し、ワクチンの追加接種を行い、乳幼児の感染を守る対策を行っている。日本も定期接種の在り方を検討することになりそうだ。そこで今回は、百日咳が今なぜ重症化しているのかの謎に迫ってみる。

 

1.百日咳とは

 細菌の一種で、グラム陰性桿菌である百日咳菌(Bordetella pertussis、ボルデテラ・ペルツシス)の感染による。1906年にベルギー人のBordet(ボルデ) とGengou(ジャング)が百日咳菌を初めて分離培養した。Bordetはブリュセル大学の細菌学教授でノーベル生理学賞を受賞している。彼の名前が属名につけられ、臨床症状が激しい咳からくるので、そのままのラテン語がpertussisとして種名となった。病名の百日咳の命名は、臨床症状が百日にわたり咳が見られることからきている。長く咳が続く子供について、スウェーデンの感染症研究所の調査でも、100日以上咳が続いた子供のうち83%から、百日咳菌が分離された報告がある。これらの事実からも和名の百日咳菌の名称は的確かもしれない。ちなみに百日咳による咳持続期間の平均値は51日と言われている。

 この病気は1414年に地球上で初めて出現したようで、1578年のパリでの大流行がはじまりである。国内では文政年間(1818年から1830年)から百日咳と呼ばれるようになった。感染経路は、鼻咽頭や気道からの咳やくしゃみによってその分泌物による飛沫感染、および唾液や鼻水が付着しているものに触れて接触感染する。一年を通じて発症が見られるが、春から夏、秋にかけて比較的多く発症すると言われている。これからの季節は要注意である。

百日咳の発症機序は未だ解明されていないが、百日咳菌の有する種々の生物活性物質の一部が、病原因子として発症に関与すると考えられている。病原因子と考えられるものとしては、線維状赤血球凝集素、パータクチン(外膜蛋白)、凝集素(アグルチノーゲン)などの定着因子と百日咳毒素、気管上皮細胞毒素、アデニル酸シクラーゼ、易熱性皮膚壊死毒素などの数種の毒素がある。

 百日咳(pertussiswhooping cough)の臨床症状は、特有のけいれん性の咳発作を特徴とする急性気道感染症である。臨床経過は3期に分けられる。

1)カタル期(約2週間持続):通常7~10日間程度の潜伏期を経て、普通のかぜ症状で始まり、次第に咳の回数が増えて程度も激しくなる。くしゃみ、咳、鼻水、微熱といった風邪に似た症状から始まり、そういった症状が1~2週間ぐらい続く。そうしているうちに、咳が徐々に激しくなってくる。この時期に抗菌薬を投薬すると、効果的である。カタルとは粘膜腫脹、粘液と白血球からなる濃い滲出液を伴う病態のことをいう。

2)痙咳期(けいがいき)(約2~3週間持続):次第に特徴ある発作性、けいれん性の咳(痙咳)となる。これは短い咳が連続的に起こり(スタッカート)、続いて、息を吸う時に笛の音のようなヒューという音が出る(笛声:whoop)。この様な咳嗽(がいそう)発作がくり返すことをレプリーゼとも呼び、しばしば嘔吐を伴う。発熱はないか、あっても微熱程度である。息を詰めて咳をするため、顔面の静脈圧が上昇し、顔面浮腫、点状出血、眼球結膜出血、鼻出血などが見られることもある。非発作時は無症状であるが、何らかの刺激が加わると発作が誘発される。夜間の発作が多い。年令が小さいほど症状は非定型的であり、乳児期早期では特徴的な咳がなく、単に息を止めているような無呼吸発作からチアノーゼ、けいれん、呼吸停止と進展することがある。合併症としては肺炎の他、発症機序は不明であるが脳症も起こし重症化する。致命率は全年齢児で0.2%、6カ月未満児で0.6%とされている。

3)回復期(2、3週~):激しい発作は次第に減衰し、2~3週間で認められなくなるが、その後も忘れた頃に発作性の咳が出る。全経過約2~3カ月で回復する。成人の百日咳では咳が長期にわたって持続するが、典型的な発作性の咳嗽を示すことはなく回復する。軽症で診断も見のがされやすいが、百日咳菌の排出があるため、ワクチン未接種の新生児、乳児に対する感染源として注意が必要である。

 

2.百日咳の予防・診断・治療

 母親からの胎盤移行の免疫が期待できないので、乳児期の早期から罹患することもあり、特に生後6カ月未満で感染すると死に至る危険性が高い。百日咳ワクチンを含む三種混合ワクチン接種(ジフテリア・百日咳・破傷風、DPT)は国内を含めて世界各国で実施されている。ワクチン普及とともに各国で百日咳の発生数は激減している。しかし、ワクチン接種を行っていない人での発病は見られており、世界各国でいまだ多くの流行が見られる。疫学的にも百日咳は世界的に見られる疾患で、いずれの年齢でも罹患するが、小児が最も多い感染症である。WHOの発表によると、世界の百日咳患者数は年間2,0004,000万人で、その約90%は発展途上国の小児で、死亡数は約2040万人になっている。わが国における百日咳患者の届け出数は、ワクチン開始前には10万人以上あり、その約10%が死亡していた。1950年から百日咳(P)ワクチンは予防接種法に定められ、単独ワクチンで接種が開始された。1958年の法改正からはジフテリア(D)と混合のDP二種混合ワクチン接種が行われ、1968年からは、破傷風(T)を含めたDPT三種混合ワクチンとして定期接種になった。これらのワクチンの普及とともに患者の報告数は減少し、1971年には206人、1972年には269人と、この時期に、日本は世界で最も罹患率の低い国となった。しかし、1970年代から、DPTワクチンに含まれる百日咳ワクチン(全菌体ワクチン)によるとされる脳症などの副反応が見られ、1975年2月に百日咳ワクチンを含む予防接種は一時中止となった。同年4月に、接種開始年齢を引き上げるなどして再開されたが、接種率の低下は著しく、あるいはDPTでなくDT(ジフテリアと破傷風)の接種を行う地区も多く見られた。その結果、1979年には百日咳の届け出数が約13,000人、死亡者数は約2030人になった。その後、わが国において百日咳ワクチンの改良研究が進められ、それまでの全菌体ワクチンから副反応の危険性のない精製ワクチンが開発された。1981年秋からこの精製百日咳ワクチンを含む三種混合ワクチンが新たに導入され、その結果、再び三種混合ワクチンの接種率は上がった。また、199410月からはDPTワクチンの接種開始年齢がそれまでの2歳から3カ月に引き下げられた。2017年現在は急性灰白髄炎(ポリオ)の不活化ワクチン(IPV)を加えた四種混合ワクチンが導入された。

 感染症法で5類感染症(定点報告対象)であり、指定届出機関(全国約3,000カ所の小児科定点医療機関)は週毎に保健所に届け出なければならない疾患である。1990年には報告数が9,231人、20003,804人、20105,388人であった。2013年には1,662人に減少したが、昨年は2,835人と増えてきている(表1.百日咳患者数)。この中に重篤な症状を示した乳幼児の500例が含まれている。この要因は15歳以上の罹患率が38%を超えたために、ワクチン未接種の乳幼児が罹患するリスクが増え、感染した乳幼児が重篤な症状となっている(表2.百日咳患者の年齢分布)。

 

 百日咳の確定診断は、鼻咽頭からの百日咳菌の分離同定が必要である。培養には、ボルデ・ジャング培地などの特殊培地を用いる。百日咳菌はカタル期後半に検出され、痙咳期に入ると検出されにくくなるため、実際には菌の分離同定は困難なことが多い。血清診断は百日咳菌凝集素価の測定、ELISA法による抗体の測定がある。201611月から保険適応となった百日咳LAMP法により、咽頭ぬぐい液のサンプルから遺伝子増幅法により核酸の検出が可能になった。高い感度と特異性を有する検査法で、早期診断、早期治療ができるようになった。このことから百日咳の予後は大きく変わると期待されている。

 百日咳菌に対する治療として、エリスロマイシン、クラリスロマイシンなどのマクロライド系抗菌薬が用いられる。これらは特にカタル期では有効である。通常、患者からの百日咳菌の排出は咳の開始から約3週間持続するが、エリスロマイシンなどによる適切な治療により、服用開始から5日後には菌の分離は陰性となる。しかし、再排菌などを考慮すると、抗菌薬の投与期間として2週間は必要である。痙咳に対しては鎮咳去痰剤、気管支拡張剤などが使われる。全身的な水分補給が必要なこともあり、重症例ではガンマグロブリンの大量投与も行われる。

 

3.まとめ

 ワクチン接種しているから感染しないとか、もともとは子供に多い病気だから大人は感染しないと思っている人が多いが、近年、大人になって発症する百日咳が増えている。成人の百日咳患者が増えている理由は、ワクチンの持続効果が3~5年で弱まり、1012年経つと予防効果がなくなることも原因の一つである。また、予防接種をしていない世代の成人が増えたことにもよる。2007年、香川大学、高知大学でも学生間と職員を含めて百日咳の集団感染があった。両大学の医学部学生と職員間の集団発生の要因としては、(1)地域流行の持ち込み、(2)百日咳発症者探知の遅れ、(3)感染性を有する期間における発症者の登校・就業、(4)比較的長時間狭い空間を共有する講義室や職場の環境、(5)乳幼児期のワクチン効果の限界などを上げている。大学内の対策は抗菌薬の予防内服に加え、休講・就業制限などを強化した結果、終息できた。感染対策の強化については咳エチケット、手洗いの徹底などを行っていた。また、ワクチン接種歴3回以上の学生の発症率は低く、職員の年齢階級別発症率では2534歳代が高かった。この世代はワクチン接種の一時中止から、接種率の低下した世代であった。予防接種は成人において、効果が低下するが未接種群よりは有効性があるようだった。アメリカをはじめ世界の先進国では、成人の百日咳患者数が増加しているため、大人の百日咳の予防として、思春期にも百日咳ワクチンの追加定期接種を実施している。

 成人で感染しても症状が軽くすむことが多いので、百日咳特有の咳が認められないこともあり、ただの風邪だと見過ごされて感染の拡大につながる恐れもある。百日咳の飛沫・接触感染を防ぐためにも、風邪やインフルエンザ予防と同じように、人混みに出る時にはマスクをし、手洗い、うがいを徹底するのも予防対策となる。自分が咳をしている場合も、人になるべくうつさないような配慮が必要である。成人で風邪を引いて咳がなかなか治らない場合には、直ちに医療機関を受診することである。幸いにも百日咳LAMP法の検査診断の導入は、成人の無症状キャリアの検証や陽性者の早期治療法が進められるので、明るい話題である。生まれたばかりの乳児がいる家庭では、成人の感染は特に気をつけるべきだ。ワクチン未接種の乳児が百日咳にかかると重症化する。大人から子供への家庭内での感染を防ぐためにも、生後3か月が経過したら、きちんと定期予防接種を受けるべきである。

 

4.補足―日本むかし話「お花地蔵」

 文政年間(1818年~1830年)から臨床症状のまま百日咳と言われるだけあり、昔話や童話の中でも良く取り上げられる疾患の一つであった。昔から村々にあるお地蔵さんには、それぞれ言われが必ずある。なかでも百日咳に対しては、信憑性が高い話がある。「お花地蔵」の話は栃木県那須烏山市にあるお地蔵が百日咳祈願のために置かれている。村での言い伝えでは、幼い孫娘を亡くした「お春」という婆さんが自ら彫ったもので、子供を病気から守ってくれるといわれている。孫娘の名前は「お花」と言い、男の子に負けない元気な女の子だった。ところが「お花」7歳の秋口から、村で百日咳がはやり、村の子供たちはみんなひどい咳をして苦しんでいた。医者もいない、薬もない小さな村である。「ゴホン、ゴホン、ゴホン」と続く咳の表現も文中にあり、百日余りの闘病生活のなかで、あっけなく死んでしまった。病態も百日咳とつながっている。その後、一人残されたお春婆さんは心を痛め、孫のために石のお地蔵さんを彫りはじめた。お春ばあさんは、くる日もくる日も、お地蔵を彫り続けた。長い冬が過ぎて、暖かい春がくる頃、「お花」にそっくりの小さなお地蔵さまができた。その小さなお地蔵さまは、村を見わたせる丘の上に置かれた。このお地蔵さまは、やがて「お花地蔵」と呼ばれるようになった。村の子供が百日咳にかかると、「お花」の好物の「いり米」を供えて願えば良くなると伝えられた。今では信じられない話だが感染症予防のために、祈願するお地蔵さまになった。作り手の純粋な心がなぜか、悲しさを物語る。

 栃木地方の話でまんが日本昔話でも放送された。昔から、百日咳は子供を襲う重大な疾患であったことを童話にして広く伝えてくれた悲しい話の一つである。

 

参考文献

1.日本昔ばなし 講談社デラックス版第30巻(1985

2.成人持続咳嗽患者における百日咳抗原遺伝子陽性率と臨床像 

IASR(国立感染症研究所)(2008)

3.百日咳菌とボルデテラ属 戸田新細菌学34版 (2013)

4.百日咳の検査 小児呼吸器感染症ガイドライン20172017

5.百日咳 IASR(国立感染症研究所)(2017)

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