通巻132号 感染症の話題

2017 年 10 月 27 日

感染症の話題

-ヒト食いバクテリアと呼ばれる劇症型溶血性レンサ球菌感染症とは-

筑波技術大学
名誉教授 一幡良利

 

国内で、「ヒト食いバクテリア」の名称で恐れられる劇症型溶血性レンサ球菌感染症の患者が増加している。初期症状は風邪と間違うようだが、発病から病状の進行が非常に急激かつ劇的で、発病後数十時間以内には軟部組織壊死、急性腎不全、成人型呼吸窮迫症候群 (ARDS)、播種性血管内凝固症候群(DIC)、多臓器不全(MOF)を引き起こし、ショック状態から死に至ることも多い。近年、妊産婦の症例も報告されている。筋肉や皮膚、内臓などの細胞が壊死していくのがこの疾患の特徴である。その症状の激しさから劇症型と名付けられた。特に壊死の速さは驚くほど早く発症後24時間位で死亡することもある。死亡率も30から40%もあることからも、劇症型溶血性レンサ球菌感染症が「ヒト食いバクテリア」と恐れられる理由となっている。主な原因菌はA群溶血性レンサ球菌で、決して珍しい細菌ではなく、上気道の炎症部位から良く分離される。子供の咽頭炎や伝染性膿痂疹(とびひ)、皮膚炎などを起こす。通常は抗菌薬で治療が可能である。しかし、劇症化して死に至るのはなぜか30歳代以上が多い。細菌の変異か感染者の生体側の要因によるものかを考えるが、今のところはまだ解明されていない。
1990年代から先進国でも報告されるようになっていたが、1993年国内での最初の症例がみられ、その後継続して年間50から60例の報告があった。ところが2012年からは200例数を超え、2016年には495例の報告になっている。そこで今回は、「ヒト食いバクテリア」とも呼ばれる劇症型溶血性レンサ球菌感染症の謎に迫ってみる。

1.劇症型溶血性レンサ球菌感染症
劇症型溶血性レンサ球菌感染症は主にA群溶血性レンサ球菌(A群レンサ球菌)により引き起こされる。A群溶血性レンサ球菌はグラム陽性の球菌で、連鎖状の配列を形成する。ヒツジまたはウマの脱繊維血液を5%の割合に添加した血液寒天平板培地上で24 時間培養すると、直径0.5mmのコロニーを形成し、発育集落の周囲が完全に透明となる溶血環が認められる。このことから溶血性が付け加えられた。分類学的にはランスフィールドの血清学的群別でA~V群に分かれたもののうちの、最初のA群に属している。A群溶血性レンサ球菌は細胞表層に蛋白抗原としてM蛋白とT蛋白を有しており、これらの抗原性により、さらに型別分類される。M蛋白には100以上の型が、T蛋白には約50の型が知られている。また、この菌は溶血毒素、発熱毒素(発赤毒素)、核酸分解酵素、ストレプトキナーゼなど、20種以上の毒素、酵素を産生し、細胞外に分泌して種々の病原性に関与するといわれる。
近年はランスフィールドの分類ではB群、C群、G群なども劇症型を起こすことが報告されてきている。これらの群も含めた劇症型溶血性レンサ球菌感染症から検出された血清学的群別では、A群が71%で最も多く、次いでG群19%、B群3%、C群2%、その他5%となっている。
一般的なA群溶血性レンサ球菌感染症は化膿及び炎症性疾患として咽頭炎、扁桃炎などとして良くみられる疾患や丹毒、中耳炎、副鼻腔炎、肺炎、膿痂疹、ひょうそ、敗血症、骨髄炎、関節炎がある。本菌感染後の続発症としてリウマチ熱、急性糸球体腎炎を併発することもある。古くは猩紅熱(しょうこうねつ)の原因として恐れられていた。特に、狸紅熱は子供のかかる伝染性疾患の中で、重篤な症状を呈していた。しかし、1980年代に入り典型的な症状を示す狸紅熱が激減してきた。それに代わるかのごとくに、早期に適切な対策をしないと急速に死の転帰を取る劇症型溶血性レンサ球菌感染症が新たに出現してきた。
本疾患が一般の人々に知られたのは1994年5月24日、The Timesに「ヒト食いバクテリア」として報道されたからである。その発生状況はStevensらが1984年から1988年までの5年間に米国(ロッキー山脈地帯)で発生した敗血症、ショック症状、軟部組織の壊死を伴う症例を見いだし、そのうちの30%が致死に至った報告をしたことから始まった。その後、症例はヨーロッパおよびアジアでも見られるようになった。
我が国では1993年に千葉県で最初の報告があり、当初は死亡率が40%を超えていた。
1993年から2010年までの18年間で千例を超えた。当初の5年間では166例、その後は年間で50数例の症例が見られていた。2008年からは年間100例の報告があり、2012年には243例、2014年には280例となり増加傾向にあった。しかし、2015年には400例を超えてしまった(表1.劇症型溶血性レンサ球菌感染症の患者数)。本症例は特に1月から6月にかけて患者数が多くなる傾向にある。この原稿を書いている2017年の1月だけでも、既に37例の患者が見られている。しかし、感染が家庭内や地域内で集団発生することは稀である。近年の増加は高齢者人口の増加やリスクの高い人が増えてきたのと、劇症型の感染を起こすタイプが増加しているのが原因と考えられている。

本疾患の侵入経路が不明であることが多いのは、本菌は至る所に存在し、特に口腔内や咽頭に常在するためである。現在でも子供は咽頭炎などを起こす普通の感染症である。すべての年齢層にみられてはいるが、壮年齢に多くみられ、健康な成人が突然に発症し死亡する例が多い。この理由が何に由来するかは全く分かっていない。発症数日前に上気道の感染、外傷、手術後、出産および打撲を契機とすることもある。また、患者の基礎疾患としては悪性腫瘍、糖尿病、アルコール性肝障害などをもつものが60%を占めるが、未だこの点でも特定されず具体的な病態を説明できる十分な結果が出ていない。
臨床症状は突発的に発症する敗血症性ショック症状を主とする。発病はあくまで突発的で突然の気分不快、全身倦怠感、筋痛、嘔吐、嘔気を伴う血圧低下が初発症状であることが多い。その他高熱、肝機能異常、腎機能低下、血液凝固異常、成人呼吸窮迫症侯群、軟部組織の壊死、壊死性筋膜炎などを主徴とする。発病後は急激に進行し、18時間以内に心停止または生命維持装置を必要とする多臓器不全に陥ることが多い(図1.劇症型溶血性レンサ球菌感染症の病態)。

本疾患は、感染症法で5類感染症に定められ全数把握疾患として、診断した医師は7日以内に届け出ることが義務付けられ、その発生動向が分かるようになっている。そのための診断基準も確立され、第一に敗血症ショック症状を認めること。第二に肝不全、腎不全、急性呼吸窮迫症侯群、DIC、壊死性筋膜炎、意識障害・けいれん、全身紅斑、この中から2つ以上認めること。第三に血液培養または無菌的な検体から溶血性レンサ球菌が見られること、これら3つを満たすこととなっている。
治療は全身管理を行い、強力な抗菌薬治療を開始すること。本疾患から分離された菌はペニシリン類に感受性であるために、抗菌薬療法ではペニシリンGまたはアンピシリンが第一選択となる。更にはクリンダマイシンを併用する。クリンダマイシンは膿瘍移行性や骨などの組織移行性が優れている。また、壊死性変化の強い軟部組織感染では壊死組織の除去、ドレナージ、時に切断などの外科治療が必要となる。これらが遅れると間違いなく死に至る。幸いなことに、本菌の熱による抵抗性は55℃で30分間の加熱で死滅し、消毒薬に対する抵抗性も弱く、常用濃度で的確な手法により容易に死滅することである。

2. 鍼治療後に発症した劇症型溶血性レンサ球菌感染症について
1993年に日本で本症例が見られた後に、1997年と1998年に鍼治療後に発症したとみられる症例が感染症学会誌に相次いで報告された。詳細は著者が1998年12月号の全日本鍼灸学会誌にも紹介した。
(症例1);
題目「鍼治療を契機として発症したToxic Shock-like Syndromeの1例」は1997年の感染症学雑誌に報告された。その概略は患者80才、男性。主訴:左下肢痛。既往歴:61才時胃癌手術、70才時より心房細動。現病歴:1995年頃より両下肢痛の出現、安静にて軽快していた。同年7月より両下肢に鍼治療を受けていた。1996年1月18日に鍼治療を受け、翌日夜に左下肢痛が出現、1月20日起床時には左下肢の腫脹がみられた。疼痛増悪し1月23日深夜K病院の救急外来を受診し、直ちに入院となった。入院当日は発熱なく、左下肢のびまん性腫脹、疼痛より、血栓性静脈炎を疑い抗菌薬(セフメタゾール)と共にウロキナーゼを使用したが奏功せず。皮膚の色は急速に増悪し暗褐色となった。翌日、血栓除去術を試みたが血栓はみとめず血栓性静脈炎は否定された。手術室より帰棟後意識が急速に低下し、ショック症状となった。皮膚色は暗褐色で水庖形成し、壊死性筋炎を疑い第3病日に減張切開術を施行した。表皮より深部筋層に至るまで広範な壊死がみられ、大腿にも及んでいたために左下肢を大腿近位部で切断した。手術時に掻爬された筋膜組織ならびに左下肢水庖部より、A群溶血性レンサ球菌が単独で検出された。検出菌の型別はT-28、発熱毒素はBおよびCを産生した。術後抗菌薬療法はピペラシリンとイミペネム/シラスタチンの投与に変更し、以後徐々に正常化し致死より免れた。本症例の感染経路は咽頭炎などの気道感染の徴候がなかったことより、気道が侵入門戸とは考えにくく、鍼治療を契機として経外傷的な感染より発症したと考察している。特に、発症の前日にも施術しており鍼治療が深く関与したと述べている。
(症例2):
題目「鍼治療後に発症した激症型A群レンサ球菌感染症(Toxic shock-like Syndrome)の1例」は1998年の感染症学雑誌に報告された。その概略は患者:41才、男性。既往歴:胃潰瘍。1997年1月26日に右肩関節痛があり、翌日鍼治療を受けた。症状改善しないため29日に再度鍼治療を受けた後にN病院の外来を受診した。肩関節周囲炎の疑いにて、1月30日にMRI検査を受け、右肩関節軸位断像で関節腔に関節液の貯留がみられ、炎症性変化と考えられた。同日夜に強度の上腹部痛を訴えて、同院へ緊急入院となった。入院時は上腹部CTにおいては腹腔内に異常はみられなかったが、右側胸部から腰部にかけての皮下軟部組織に腫脹が認められた。その後、上腹部痛は更に増強し、腹部は板状硬を呈したため、31日午前0時より試験開腹した。しかし、腹腔内には著変なく異常を認めなかった。31日早朝より、右肩を中心とした皮膚に紅斑・壊死が出現した。この時点で劇症型溶血性レンサ球菌感染症が疑われたので、抗菌薬(イミペネム/シラスタチン、アンピシリン)の投薬を開始した。DICにはナファモスタットメシル酸塩の持続投与を行った。しかし、壊死部は進展拡大し、右側胸部から側腹部に達した。同日、9時および14時に、側胸部減張切開およびデブリードマンを施行したが、21時に死亡した。減張切開時にえた側胸部筋組織は浮腫ならびに壊死に陥り、筋組織部には出血と炎症細胞浸潤とグラム陽性球菌がみられた。血液培養と側胸部滲出液の培養でA群溶血性レンサ球菌が検出された。検出菌の菌型はT-6で、発熱毒素はBおよびCを産生した。
感染経路は先行する上気道炎の症状がなく、鍼治療を行った肩関節を中心とした炎症性変化が認められたことより、鍼治療により菌が侵入した可能性を上げている。即ち、症例1の報告と同様に鍼治療に際してはA群溶血性レンサ球菌の侵入門戸となりうるとの認識を持った感染対策が必要であると述べている。何れの報告も鍼治療を契機として感染症の発症が見られており、否定しきれない事実はある。しかし、鍼治療はおそらく感染のきっかけではなく、むしろ増悪因子ではないかともいわれている。つまり、それ以前に感染が成立していて菌は既に血中に存在し、そこへ鍼治療などを行うと、菌が増殖し易い環境条件となり発症に至ったのではないかと指摘している。元来、本菌に対しては通常の消毒を行い、通常の処置・治療を行えば外部からの菌の侵入は防御出来るもので、感染を起こすことはないと考える。今回の症例を推測するならば、既に感染していて、感染部位に鍼施術することで増悪したか或いは施術前の消毒が不十分であったために、通常では起こり得ないことが起きたのかどちらか一方と考えると述べている。
また、今回の患者ではないが免疫能の低下した易感染宿主であればこの限りでなく、鍼による感染性のリスクは健常人に比べ遥かに高いのでより注意が必要である。既に、易感性患者には鍼治療を行わない方がよいとの報告もあると指摘している。また、著者も過去に健常人の溶血性レンサ球菌に対する血清中の感染防御抗体の保有状況を調べ、抗体価の低い健常人の存在を報告している。このように、健康に見える人でも本菌群に対して特異抗体の保有率が低い人は、感染のリスクが高いものと考える。
これらの事実から、鍼灸外来治療に当たり、患者の病態の把握、鍼の滅菌、患部・手指の消毒はいうに及ばず、施術所の環境の消毒なども徹底せねばならない。この感染症は、死亡率があまりに高く、病因不明のことが多いので鍼との因果関係も否定はできない。その後、現在までに鍼治療との関連のある本疾患が見られていないのは幸いである。しかし、近年の症例数の増加に伴い因果関係が問われることもあり、不測の事態が起こらないように、すべての鍼灸師が治療にあたり再認識すべき疾患であることは間違いない。

3.まとめ
劇症型溶血性レンサ球菌感染症による死亡率は、現在でも30~40%に及んでいる。通常の溶血性レンサ球菌感染症であれば、抗菌薬を用いた治療法が確立しており、重大な合併症を防ぐための対策もなされている。同じ溶血性レンサ球菌であっても、傷口やのどなどから血液中に入り込み、劇症型となった時が問題となる。ただし、ありふれた溶血性レンサ球菌がどのようにして劇症型になるのかについては、今のところ明らかになっていない。感染経路もはっきりしないケースがほとんどで、予防対策のためにも、手洗い、うがいはしっかりと行うことが重要である。手足に赤みをともなった痛み、傷が化膿して発熱するなど異変が見られた場合は、感染症専門医のいる医療機関を受診することである。進行スピードの速い劇症型溶血性レンサ球菌感染症は、少しでも早く適切な治療を受けることが重要である。
現在のところ、感染経路が不明な劇症型溶血性レンサ球菌感染症であるが、日常生活での健康的な生活を心がけることが重要である。溶血性レンサ球菌に感染した人の中で劇症型を発症する人は限られている。感染した人のほとんどは咽頭感染、皮膚感染のみで、全く症状の出ない人もいる。健康な人でも劇症型溶血性レンサ球菌感染症を発症することがあるが、ガン、糖尿病、慢性心疾患、慢性呼吸器疾患のような基礎疾患を持つ人や、ステロイドを服用している人などは高い発症リスクがあることは分かっている。この疾患の対策は体調に異変を感じたら、早めに受診することしかない、やっかいな疾患の一つである。

参考文献
1.感染症を知る 全日本鍼灸学会誌 (1998)
2.劇症型溶血性レンサ球菌感染症の分子メカニズム 日本臨床微生物学会誌(2013)
3.劇症型溶連菌感染症の疫学と臨床像 感染症TODAY (2015)
4.劇症型溶血性レンサ球菌感染症 厚生労働省ホームページ(2017)
5.劇症型溶血性レンサ球菌感染症 国立感染症研究所ホームページ(2017)

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